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フランクリン・ルーズベルト

ルーズベルトはアメリカ史上唯一、4選された大統領で、アメリカ史上唯一の重度の身体障害を持つ大統領でもある。

任期中に世界恐慌と第二次世界大戦を経験し、20世紀前半の国際政治における中心人物の1人だった。ルーズベルトのニューディール政策はアメリカ合衆国経済を世界恐慌のどん底から回復させたと評価されている。アメリカ経済の回復は同時に、第二次世界大戦が起こるまでの間、デトロイト市の大工業地帯を枢軸国に対する「民主主義の兵器廠」に発展させた。これは戦後、アメリカが国際的な覇権を握る原動力となった。しかし、独裁者であるヨシフ・スターリンに対する容共的な姿勢を取ったことは、後に批判の対象となった。ルーズベルトの平和に対する国際組織の展望は死後に国際連合として結実した。

ルーズベルトの評価は立場によって正反対に変わってくる。「リベラル」派から見ると、ニューディール政策をはじめとしたケインズ福祉国家的政策の開始は「恐慌への対策を具体化したもの」として評価され、「はじめて本格的な貧困層対策に取り組んだ」大統領として評価される。それまで南部の地域政党的色彩が強かった民主党に「世界恐慌の結果発生した貧困層の救済」という新たな目的を打ち出し、この2つの支持基盤を合わせる事によって「ニューディール連合」と呼ばれる大きな民主党支持基盤を形成してその後数十年に渡る議会における民主党の優位をもたらした。

一方、ロナルド・レーガンのような保守的な指導者は、ルーズベルトの社会施策におけるリーダーシップを賞賛した。しかし、現在においては小さな政府を唱える保守派はルーズベルトのニューディールにきわめて否定的評価をしており、民主党のニューディール連合を崩すことで1980年代以降の共和党の勢力拡大は成功したといえる。ニューディール政策については、現在でも経済学者の間でその評価は分かれている。だが「炉辺談話(fireside chats)」に象徴されるように、当時の最新メディアであるラジオを通じて国民との対話を重視したとされ、アメリカ国民が「歴代大統領で最も尊敬する指導者は誰か」と聞かれると上位に位置する人物でもあるように、アメリカ国民からの人気は高い。

しかし、第二次世界大戦中にドイツ人やイタリア人に行わなかった日系人の強制収容や、政権期間を通じて行われたアフリカ系アメリカ人の公民権運動に対する事実上の妨害という、ルーズベルトの人種差別的観点から行われた失政は、その立場を問わず大きな批判の対象となっただけでなく、アメリカにおける人種差別の解消を遅らせる要因の1つとなった。この民主党政権としての「貧困層」と「人種マイノリティ」という別々の背景を持ったアメリカ社会における弱者に対する矛盾した態度の解決は、1960年代のジョン・F・ケネディとリンドン・B・ジョンソンの政権まで持ち越される事となる。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

フランクリン・ルーズベルトの生い立ちについても調べてみたいです。

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2010年1月 6日 22:34に投稿されたエントリーのページです。

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